奈良県吉野郡天川町にある天河弁財天という場所に行ったのは、田口ランディの『水の巡礼』というエッセイに触発され、その中にあった写真家の森豊による湿り気が感じられるような森の写真を見て、こんな場所に身を置いてみたい、、、と思ったのがきっかけでした。
行ってきました。2泊3日で聖域と呼ばれる周囲の山を出来る限り歩き回ってみました。森には至る所に巨木がそそり立っていて、森全体が水気をたくさん含んだきれいな空気に包まれている感じ。木も下草や苔、きのこなんかもたっぷりと水気を含んでぷるぷるしていました。澄み切った水の流れに逆らって、マスが群れになって登っていました。



なのに。
どうして、そんな清流をコンクリートでせき止めて、ダムを造らないといけないんだろう?近くに工業地帯があるでもない山深い清流にダムを造り、エメラルドの水が流れる川床へ向けて「放水時の避難路」としてコンクリートで固められた傾斜路が何本もつくられ、放水の情報をアナウンスするために設置された醜悪な巨大スピーカーからは1日に2度、ばりばりに割れた音で役場からのお知らせが流れる。
どうして、神聖な雰囲気さえ漂うあの山に、コンクリートの土台をどん!と据え、あんなに醜い鳥居ともゲートともつかない巨大な赤い建造物を建てる必要があるのだろう?
どうして、あの森の調和の中に、コンクリートで木の形を真似た手すりや階段を据え付け、それをコンクリートの土台に埋め込んでしまえるのだろう?視覚的にも触っても異質な感触を残す、あんな無神経なものを誰がどうやってあの美しい森に持ち込もうと決めたのだろうか?
アレックス・カー著『犬と鬼』の 中で著者が力説している「何が日本の景観をダメにしたか」という構造について、わたしは今回の天川村で苦い体験として体に刻み込まれるように理解しました。それは、天川の森が開発を醜いものとしてはっきり映し出すほど、美しい水に満ちた気持ちの良い場所だったからだと思います。
天河弁財天は静謐で特別な感じのする場所だったけれど、そこにたどり着くまでに見た風景に心が痛み、すっかり疲れていた。道の向かいにこんもりと茂る巨大なイチョウの木はその場のエネルギーの強さを象徴しているように見たけれど、神社から全体像を撮ろうとするとどうしてもフレームを電線が横切るし、掃き清められた境内を一歩出ると、無神経で脈絡のない山村の開発だけが目に痛く、殺風景な駐車場に囲まれた「天の川温泉」に着いても湯につかる気も失せるほどぐったりしていたのでした。

日本には、もう「秘境」は存在しないのだろうか?都会からあれほど離れた場所で、秋でも満天の天の川が望める「天川」という魅力的な名前を持つ村。人を惹きつけてやまない、そんな古代日本の信仰の根源になるような森と川が、今も続く脈絡のない開発で徐々にコンクリートとアスファルトで覆われていく。
復元の道は、必ずあると信じたい。
センスのある観光行政というのは、ヨーロッパには数々存在するのだけど、それは住民が持つその土地に対する愛情と、そこを訪れることを楽しみにする旅行者がもたらす効果を行政がしっかり認識し、そこにある歴史に誇りを持ってそれを護ろうとするからだと思うのです。
でも、この天川村の場合はどこから手をつけたら「どうにか」なるのだろうか?
わたしは今まで自分のiPhotoアルバムには「美しいもの、好きなもの」だけを残しておきたい、と思っていた。なので、天川でも最初はいつものように、慎重にフレーミングして見たくない乱開発や醜悪な物体は避けて撮っていたのだけど、あまりにひどい惨状を何度も目にして、これは我慢して撮影し、ブログに載せてたくさんの人に見てもらう必要があるのでは?と思い始め、写真の撮り方がこの時をきっかけに大きく変わりました。


吉野杉の谷間に、こんな美しい農家がまだあった!と思って近寄ったら、目の前は道路拡張工事の最前線だった。ここは洞川温泉に向かう21号線の峠の入り口で、この道はすでに対向車線になっているし、ここを走り抜ける小さなバスはこの峠で対向車とまったく問題なくすれ違っていたのに、吉野杉の森を少しずつ切り開きながら道路を拡張する必要が本当にあるのだろうか?
水の森に入って、そして出て来るまでは、こんな風景にここまで強い違和感を持ってはいなかった気がする。
でも、今でははっきりと区別をすることができます。
手入れの行き届いた農家のたたずまいは「森」に近く、古いルーツを持つ日本の文化と美意識から生まれている。けれど、コンクリートの壁と排水の穴は無神経で野蛮で、森の神聖さや文化の洗練からは遠く離れた存在だと思う。造成したての今は、ある種の清らかさがあるにはあるけれど、年月が経つと水が滲み出し排水穴の下は水垂れで汚れ、壁全体が赤茶けたカビのような色になって風景を浸食していく。
コンクリートに蓄積される年月は、農家や森の持つ時間とは全く異質な風景を作り出す事を、帰路のバスの窓から、延々と続く道路脇のコンクリート壁と吉野杉の作り出すコントラストを見ながら思った。これがどこにでもある風景で、わたしたちがあまりに見慣れていること、それが一番の問題なのだ、と気づいた帰り道でした。